(1992年)
「4 real 」か・・・・懐かしいな。
しかしそれすら
振り返れば 哀しい自己肯定だった。
勿論当時そこに言い訳は無かったし
あったのは じめじめした路地裏で感じる
熱量みたいなものだった
燃えにくいなか、熱は確かにあったのだ
(1992年)
「4 real 」か・・・・懐かしいな。
しかしそれすら
振り返れば 哀しい自己肯定だった。
勿論当時そこに言い訳は無かったし
あったのは じめじめした路地裏で感じる
熱量みたいなものだった
燃えにくいなか、熱は確かにあったのだ